denの段だらウォーキング日記 5冊目

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zoom RSS 170511三浦一族の歴史散策3+三浦半島二大霊場大開帳奉拝

<<   作成日時 : 2017/05/12 22:40   >>

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行程:京急長沢→荘厳寺→東光寺→津久井浜=三崎口=三崎東岡BS→三崎城本丸跡→龍潛庵@本瑞寺→海南神社→三崎港BS=油壷入口BS→真光院→なも田坂→新井城址→道寸公墓→油壷BS=三崎口=荒崎BS→長井城址→荒崎BS=和田→和田城址→天養院→赤羽根/昼=林BS→大田和城址→太田和BS=大楠芦名口BS→芦名城址→芦名小→浄楽寺→正行寺→新倉さんちの手づくりジャム秋谷本店→前田橋BS=新逗子=追浜→打上げ あんぽんたん。410分、18.3Km

今日の散策は三浦一族ゆかりの地を巡るの第3弾、完結編です。それに4/28〜5/28まで行われている三浦半島二大霊場大開帳に、ゆかりのお寺に奉拝しようというもの。今回薬師如来(以下薬師)3寺院、不動尊(以下不動)4寺院(1つ重複)で、番外で神社1社を回りましたが、7時に集合で、17時までみっちりまわりましたが、結局大開帳の御朱印は6つでした。意外に大変でした、下右:1DAY切符がとても役に立ちました。特に回り終わってバスの乗り換えが絶妙で大変助かりました#切符は1,090円なのですが、実際に計算してみると2,441円と申し訳ないくらいの金額
しかし薬師如来、不動尊とも全部奉拝し、結願できるかな?
コラボ:wataさん、ともちん
<概略ルート>

§1.津久井城址
 左上:京急長沢からスタートして、京急線に沿って、向かいますが、左下:湘南長沢グリーンハイツ7の並びですが空家っぽい感じ?、右上:広い駐車場にぽつっとたった1台のバスですが、これが古い型式に驚き、右中:津久井小分岐に庚申塔が、右下:最初に訪れたのは荘厳寺(不動12番)#佐原十郎のゆかりの地
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 上左:村道に柱が立ってますが、奥様に教えて頂きましたが、不動尊から紐が延びている”善の綱”というものらしい。柱にタッチしてお参りくださいということでした、上右:本尊の十一面観音菩薩?、下:不動尊、下右:ご住職は不在で御朱印書けないと言われましたが、書き置きは入手
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 左上:ここに小高い丘があり城址と思ったが、開墾の碑だった、左下::薬師21番の東光寺山門、右上:三浦富士ハイキングの一つのラウンフドマークですが、義明の弟、津久井義行のゆかりの地、右下:山門に仁王像がありますが、その裏には石仏が。これは珍しいかなと思いました
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 上右:本堂への入り方をお坊様に教えてもらい中へ#中は撮影禁止で、でも般若心経とご真言の写しをありがたく頂きました、下中:工事中の建物の裏に、義行公墓がありました#東光寺の裏山が推定城址のようです
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 上左:6/10 15:00〜 本堂でJAZZコンサートがあるみたいです、上右:みかんの白い花が咲いていますが、ちょっと後にはオレンジが成っていますね、下左:ANAウインドサーフィンワールドカップ横須賀大会が行われますが、その観戦登録中だった?、下右:今回世話になった1DAYきっぷ。結構お得。津久井浜駅から三崎口駅へ行、バスに乗る
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§2.三崎城址
 バスで三崎東岡へ。上左:城山町の地名が残っている#小矢部でも城山って呼んでいた、上中:三浦市役所、の方へ行くと、その上に図書館とその前にグラウンド#以前学校でもあった?、そのグラウンドに沿って反時計回りに行くと、上右、下右:三崎城址の碑#三崎は三浦が滅んだ後は北条が治めたようです、下左:城址の見取り図があった斜線が堀で、長い破線が土居=土塁のようです、
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 上左:さらに先へ行くと慰霊堂参道とあり、行ってみる、上他、下左::慰霊堂のモニュメント、湾が見えるが確か北条湾、下右:稲荷社まで行って、また市役所下へ
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 左上:本瑞寺と、その隣の光念寺、左下:本瑞寺の本堂、中:現在本瑞寺に移っている龍潛庵(不動17番)の御朱印、右上:本瑞寺は頼朝の時代桜の御所だったところ、右下:山門から出てお隣の光念寺へ
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 左上左:光念寺の角に庚申塔がまとまっていました、左上右:源頼朝寄進と伝わる樹齢800年の大銀杏(公孫樹)、左下:本殿は、三浦一族の氏神・祈願所となった神社、神楽殿は工事中でした、中:御朱印を頂きましたが、小猫がかわいい、右下:参道を出て、右上:三崎港バス停へ
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§3.新井城址
 左上:当初はバスで油壷へ行ってからと思っていましたが、道寸ゆかりの真光院へ寄ってからということで油壷入口へ#wataさんもいろいろと調べてくれていて助かります、左下:真光院(不動16番)、でもこの日は暑くて、バスで行くべきだったかも、中:説明板、右:不動尊#写真はNGだったかも
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 左上:本堂、左下:本尊の阿弥陀如来立像。三浦義同・義意親子の坐像木造は事前に申請しないと拝観できないそうです、右下右:真光院の裏側にある路地をなも田坂と云い、三浦義同の側室が落城の戦火から逃れたが身重で足を進めることが叶わず、なも田坂で自害したと伝わっているそうです
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 上左:小網代湾が見えました#バス通りを歩いて油壷へ行きましたがバスに乗ればよかった、下左:急な坂から、下中:東大の地震研究所の間に、新井城の生命線だった”内の引橋”があったはずですが見つけられなかった#もっとも関東大震災で地形が随分変わってしまったということです、上右、下右:左手に油壷湾でヨットハーバーがあります
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 下左:右手には本丸のあった辺りになり、東大施設の出入り口の辺りには明らかに堀切の跡があるあたりに、上左:標識があります、上右:海岸が見えますが、少しそのまま先へ行ってみたが、下中:これも東大の臨海実験所へ、下右:その先のこの建物の玄関まで行きましたが行止りと判断して戻る
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 左上:ここまで戻って階段を下りる、左下左:奈に?これ先井行止りと思った建物カメハメハの前へ出れたみたい、上右:降りた荒井浜(誤字ではありません)でパノラマ#左端のとんがりが気になって、左下右:少しそっちへ行ってみると、海の向こうで諸磯浜の灯台のようだ、右中:拡大図、右下:三浦半島でよく見かける小石混じりの岩と、柔らかいが故の水滴で穴が開いた岩
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 上左:海岸線を回って、展望台辺りから、海岸線は小網代から三戸のの畑、黒崎の鼻、荒崎のようですが、海岸に穴が開いて、人間魚雷の訓練でもしてたんでしょうか?、上右、下左、下中:三浦一族最後の城主道寸のお墓です、下右:28日にお祭りがあるようです
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§4.長井城址
 バスで三崎口まで戻ると、当初和田から回る予定でしたが、次のバスが荒崎行きで、そっちへ回ることに。左下左:荒崎BSのそばに道切りの説明版、左上:荒崎公園に歩いていくと江の島なんぞが見えている「、公園の管理の方に”城址は何処ですか?”と聞いてみたら、”知らねぇ!”、”昔のお城探しているんですが?”、でやっと、”!、それなら城山ってのがあるからそっち”と教えてもらい、右上:城山展望台、公園の名前だと潮風の丘ということで、登ってみると、左下右:なんと言ったっけこの入江=十文字洞 を越えて右中、右下:何度かここには来ているので来たことがありましたが、ここか!
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 左上:そのまま降りて違うルートで登り口に戻って、左下:さらに少し奥に、行くと、右下:荒崎の説明版があって、その先に展望台#上がってみると、右上:城山はここのようです
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§5.和田城址
 またバスで和田に戻り、上:和田義盛(義明の孫ですが、嫡子の義宗の子)の碑、下左:その後丘の上の畑に登って、下右:平塚濃厚初声分校の前を通って行くと、
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 左上左、左下:和田城址の碑。鎌倉の杉本城から移ったとありますが、義宗は嫡子で宗家を継いだが早世した、左上右:その後は歩いて、天養院(薬師14番)へ、右上:和田義盛の護持仏だそうです、右下:御朱印です。まだ昼食取ってないので、天養院の後、暑いお日様に照らされながら、赤羽根のコンビニで昼を
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§6.大田和城址
 上左:林交差点までバスで行き、武山自衛隊の前から、上右:川に沿って太田和城址(義明の三男、大多和義久が城主で、大多和氏の祖。鐙摺城も城主だったみたい)へ向かいます、下左:いちばん星という施設ですが、この辺りみたい
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 左上、中:施設の入口に大田和城址の碑、左下:ぐるりとまた反時計回りに回りましたが、施設の横の森(標高20mのヤジロ山)が城址かな?、右:前の写真の碑。ほんとは関口牧場へ行きたかったんですが、もう暑さにヨレヨレで太田和BSへ戻る
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§7.芦名城址
 ここからは逗子行のバスが普通なんですが随分バスが来ない。でも佐島のなぎさ行きが来て、少し予定を変更して、大楠芦名口BSから芦名城址へ回りました、左上:川がありますが川はそのまま堀の代わりになる構造で、猫が10数匹、左下:道路を離れて向こうの高台へ、右:小さな川を越えて、右手へ登って行くと、
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 左上右:城址の碑、左下:庚申塔があります、右上:階段を上がったところ、右下:大楠小は義明の弟の葦名為清の屋敷跡と言われているみたいですが、そうなるとこの高台が城址かな?
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 左上:浄楽寺は赤と青の幟、右上右:以前回った横須賀百景の看板、右下:善の綱へ行き、御朱印を頂きました、左下:薬師15番の無量寺#関口牧場に行けば長坂の無量寺に寄ろうと思っていましたが、なぜここで御朱印なんだろう?、と不動20番の浄楽寺の札所、
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 ここには運慶作の木造があって、上左、下:阿弥陀三尊像、上右:不動明王と毘沙門天立像#拝観しましたが、皆大きい像
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 最後は大楠山前田橋コース時にお寺の前を通りますが、左上:フジがまだ咲いていました、左下:薬師17番正行寺は和田義盛の妻の巴御前菩提寺、右下:帰りに、ちょうど家のジャムが切れたので、新倉さんちの手づくりジャム秋谷本店で2つ買いました。味見させてもらえて、美味しかったので購入です
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 今日の出会い#左 上から
1列目 ハマボッス(浜払子)? 、ハマエンドウ、ミヤコグサ
2列目 ヤマボウシ【山法師】、ミズキ【水木】、瑠璃茉莉(るりまつり)
3列目 オオツルボ【大蔓穂】、ハマヒルガオ
4列目 ?、ハマダイコン
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ポイント
・三浦一族にゆかりの城址をめぐるということで、1回目に衣笠城址、大矢部城址、佐原城址と3つ、2回目にプラス平作城址、郷山城址、小矢部城址、神金城址を加え、今回3回目で津久井城址、三崎城址、新井城址、長井城址、和田城址、太田和城址、芦名城址の7つを加えてほぼほぼ終了かと思っておりましたが、城山ガールのむつみさんが「いざ!多々良城へ!」と報告されていて、まだあるんですね。恐れ入りました
・三浦氏のゆかりとなれば、義明の次男義澄(宗家)の三男が継いだ葉山の山口友澄、義明の四男多々良義春、六男森戸(杜戸)重行、義明の弟の岡崎義実やその子供の長男 佐奈田義忠、次男 土屋義清などもどこにいたのか気になる。

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